ICT(Information Communication technology)に精通しアイデアに富むスタッフが
メディアリンクの最大の資産です。
「社会の役に立つためにこんなサービスを実現したい」
「こんなものを作ったら仕事がやりやすくなるのでは」
「こんなコンテンツで学習したらしごと力が向上するのでは」
といったアイデアにメンバーが共感し協同することでプロジェクトが具体化します。
社内では『ひとり一役みんなが主役』を合い言葉に
人類の営みに貢献し永遠に活動し続ける事業を標榜しています。
2008年
民設民営の「
霞が関ナレッジスクエア」事業に協賛、
遠隔教育・オンデマン ド学習を我が国の教育機関に普及する事業に参画し、技術ネットワーク領域を担う。この事業を通じて、しごと力向上に資する
映像コンテンツ開発やICTを活かした新たなソリューションを開発中である。
2005年
コンピテンシー・チェックを研究開発。 単なるレクチャーと理解度確認テストという単純な学習手法でなく 学習者のコンピテンシー(成功している人の行動特性)を学習者自身が客観的に チェックし自らのコンピテンシーの傾向に気付き、これからの行動(生き方)の指針を示すまったく新しい教育手法を確立した。
2003年
ビデオブラウザー形式のコンテンツを
CD-ROM(コピーガード)に格納し、インターネットで学習履歴管理を行うASPサービスをスタート。 企業内教育を中心に既に数万人のE-ラーニングに活用されている。
2001年
全国に拠点展開する組織向けに、
遠隔教育機能に蓄積型のオンデマンド学習機能を付加したASPサービスを提供開始。これにより定時視聴以外に学習者が任意の時間に学習できるようになり、学習機会は飛躍的に拡大した。大手生保の2,000ヶ所を越える事業場での情報伝達教育訓練に採用されている。
1990年代後半
インターネットの教育利用並びにインターネットで配信できる動画コンテンツ について研究開発し、オンデマンド学習手法を確立。 ビデオブラウザー(videobrowser)として広く社会に普及させた。
1995年
大手生保の通信衛星デジタル化と地上回線を繋ぐ
教育情報システムのコンサル並びに全拠点約2,500ヶ所への
導入マネージメントを担当。 単に教育コンテンツを配信するだけでなく、毎朝の拠点運営を改革し、全拠点・ 全コンテンツの視聴履歴をディリーに把握しリポートする運用体制を構築した。
1994年
大手生保の通信衛星&地上系双方向遠隔教育の提案並びに構築を担当。約200拠点を同時に繋ぐ教育システムを構築、200拠点一斉の遠隔講座をスタート、コンテンツ制作とシステム運用も担当した。
1980年代後半
大手生保の宿泊研修施設建設プロジェクトに
教育手法コンサルとして参画。 すべての研修の中から集合でなければ出来ない研修を抽出し、そこにプライオリティを置いた
建築及びシステムデザインを実施。 分散でも出来る研修はネットワーク配信する基本構想をデザインし採用された。
1980年代後半
公衆回線のデジタルサービス(ISDN)がスタート。映像音声リアルタイム伝送を活かした
TV会議システムを他に先駆け実現。 また規制緩和された通信衛星を活かした遠隔講座・遠隔教育も実現し、遠隔コミュニケーション時代の口火を切った。
1980年代
途上国への援助プロジェクトに教育手法コンサルとして参画。 ASEAN、中国、アフリカ、南米等で展開されたODAプロジェクトに専門家を派遣し、視聴覚教育を軸とする人作りプロジェクトを生み出した。
1980年
光学系Diskがリリースされた。 映像音声記録のランダムアクセス機能を活かし 電気電子制御デジタル制御等の内容について インタラクティブな個別学習による職業訓練コースを開発した。
1970年代、
OpenリールVTR,、3/4inchVTR、次いで1/2inchVTRがリリースされ、 映像音声がリアルタイム記録できその場で再生できることから、 自分の動作を客観的にチェックする"缶詰め効果"が新たな教育手法として誕生した。技能訓練や接遇といった領域での新しい教育手法が確立した。 またコンテンツ開発は映画スライドといったフィルム系から 使い勝手に優る磁気テープへ大きく転換することになった。
1970年
職業安定所(現:ハローワーク)では 日々の来訪者へ繰り返し提示するインフォメーションを スライド写真と音声が同期するオートスライドで実現した。 職員に代わって分りやすい説明を日々繰り返し求人求職の円滑なマッチングに寄与した。
1960年代
国内普及に注力したOHP(Over head projector)は 講義を聴いて"理解できないのは生徒の問題"という発想を払拭、ただ話しをするだけの黒板とチョークによる講義から "相手が理解しやすいように話す"、今では当たり前の考えを企業内教育や学校教育に吹き込み
プレゼンテーションを様変わりさせた。
1964年
前身となる視聴覚施設教材研究所が創業され、開発した電気電子・自動車整備・旋盤・溶接といった技術系フィルム教材は 全国の工業高校、職業訓練校、企業内教育訓練で活用され 物作りに従わる技術者のレベルアップに大いに寄与した。 学校教育・職業訓練での視聴覚教育を定着させた。
1950年代
創業者久保田致長は16mmフィルムと映写機を携え全国を巡回する活動を普及、映画を活用した地域興し、社会教育の礎を築いた。 夕方小学校の校庭に地域住民が集い、社会教育映画による教宣活動が行われ、荒廃からの復興に向けた国民の連帯感の醸成・意欲の高揚に寄与した。